研究課題: 蛍光タンパクを利用した光合成の効率向上に関する研究 ―蛍光タンパクの存在状態を変えた時の変化を見る― <専攻間共同研究>
実 施 者: 佐々木舞、玉田浩暢、戸井裕子、永島咲子、堀内大輔
研 究 室: 細胞エネルギー研究室
研究期間: 2006年6月1日 〜 2007年2月14日
記入日時: 07/02/14 19:58:44

[概要]
 光合成生物は光を利用してエネルギーを生み出す。光を吸収するのはクロロフィルやカロテノイド色素である。これらの色素が利用できる光の波長は、光合成生物によって、またその分子種や存在状態によって異なる。
 工学部機械工学科動力工学研究室では、太陽光エネルギーを効率良く固定する手段として生物による光合成の工学的応用を目指している。この効率の向上のためには、光合成色素が吸収できない波長域(不活性波長域)を減らすこと、高密度で光合成生物(細菌)を培養する際に表層部のみに光エネルギーが吸収され、深部に光が届きにくいという問題を解決する必要がある。そこで、蛍光タンパク質を利用して、光合成色素が吸収できない、あるいは収率の低い波長域の光を光合成色素が吸収できる波長域に変換させることで、光合成で利用可能な太陽光エネルギーの捕捉を促す。蛍光タンパク質は、生物の特定組織のイメージングやプローブなどに広く使われており、特定の波長の光を吸収し、より長波長の蛍光を発する特性がある。光合成生物には光合成細菌を利用した。当初は水素ガスを放出する光合成細菌(Rhodopseudomonas palustris)を使い、蛍光タンパク質によって成長が促進されるか、水素ガスの放出能を高めることを測定することを目標としていた。
 細胞エネルギー研究室では様々な光合成細菌を培養し、遺伝子組換や生理的実験を通して光合成の仕組みを明らかにすることを目指している。このため、動力工学研究室とは培養や測定に関わる施設の共同利用という形でつながりがあった。
 蛍光タンパク質による増殖率の向上や水素ガスの放出量の増加という、大きな変化を測定することが困難である状況に立会い、より光合成の初期の過程に絞り、細菌の色素が蛍光タンパク質が発する蛍光を利用できていることをまずは確かめられるのではないかと考え、共同研究に至った。
 初年度は、蛍光タンパク質によって変換された光を光合成細菌が利用できることを、バクテリオクロロフィルによる吸収の結果生ずる蛍光の増加により直接的に評価することを試みた。R.palustrisを使用して測定を行った。この細菌は嫌気性細菌で、酸素の無い状態で培養をしている。しかし、蛍光タンパク質は蛍光を発する状態に成熟する過程で酸素を必要とする。よって、好気条件下において大腸菌内で蛍光タンパク質を作らせたのちに、別に培養した光合成細菌と混合することでバクテリオクロロフィルによる光の利用効率の変化を測定した。その結果、蛍光タンパク質から発せられた蛍光により、バクテリオクロロフィルの蛍光の増加傾向が観察された。しかし観察された蛍光は微弱で、光合成細菌の細胞外に存在する蛍光タンパク質からの蛍光はバクテリオクロロフィルとの距離があるために減衰していることが考えられた。
 このため、光合成細菌に蛍光タンパク質の遺伝子を導入し、細菌自身に作らせたら光エネルギーの利用効率が上がるのではないかと考えた。今回は好気・嫌気どちらでも生育可能な光合成細菌、Rubrivivax gelatinosusを使用し、微好気条件で培養することで光合成色素と蛍光タンパク質を同時に作らせることを試みた。また、系を単純化するために、近傍の光波長領域に最大吸収波長域をもつカロテノイドを遺伝的に欠損させた株に導入した。

[実験結果]
<蛍光タンパク質遺伝子導入変異株作成>
 結果、以下(写真1・2)のような蛍光タンパク質遺伝子導入変異株を作成した。蛍光タンパク質は抗生物質耐性遺伝子と共に光合成細菌に接合伝達により導入しており、目的の遺伝子が導入された変異株は抗生物質(カナマイシン)耐性を持つ。接合伝達にもちいた大腸菌からは、R. gelatinosusが耐性を持つ別の抗生物質(テトラサイクリン)にて単離している。両方の抗生物質を加えたプレート(写真1)では宿主菌および蛍光タンパク質遺伝子を保持した大腸菌は生育しておらず、遺伝子導入株のみが生育している。


(写真1)

宿主菌:
Rubrivivax gelatinosus カロテノイド欠損株
大腸菌:
蛍光タンパク質遺伝子を保持している大腸菌

抗生物質(テトラサイクリンとカナマイシン)を入れたプレートで培養






 培養液の色に関して(写真2参照)、親株はカロテノイドを欠損させた株なのでバクテリオクロロフィルの緑色を呈し、これに対して、ピンク色の蛍光タンパク質遺伝子を組み込んだ変異株では、わずかに茶色がかって見える。


(写真2)

左: Rubrivivax gelatinosus 野生株
中央:Rubrivivax gelatinosus
    カロテノイド欠損株(宿主菌)
右: 蛍光タンパク質遺伝子導入株

微好気条件で培養














 今後、培養条件を検討する必要はあるが、この変異株を使えば、これまでより高感度の蛍光測定を行えると考えられる。また、今回使用した菌株や遺伝子導入の系を改良してさらに安定的に蛍光タンパクを発現させる方法も今回の遺伝子導入実験の過程で考えられた。

[実施者所感]
 本年度は以前の反省点であった研究の進め方の改善によって、より多くの経験が得られた。例えば、生物学専攻からの参加者はこの共同研究から離れた、自らの研究テーマを持っていることから、共同研究にどれだけの時間を割くか、いかに話し合いを設定して議論を深めるかということを工夫した。前回は全員で集まってともに作業を進めようとして無理が生じたことから、今回は作業を分担して各々の研究との折り合いをつけられるようにし、その結果、効率よく作業を進めることができた。
 また前回、指導教官に指導を受ける機会が少なかったという反省から、今回は、研究室のゼミ発表において、指導教官、工学部の教員を含めた研究室メンバーに、共同研究の概要と結果について報告し、意見を求めた。その結果、有意義な意見、指導を得られると共に、共同研究に参加していない研究室のメンバーにも、異分野研究で自分たちが得た新しい視点(生物の機能解明より工学的応用を目指す)を伝えられたと思う。さらに、研究を通して異分野の研究者と、細部にわたって意見を交わしつつ研究を進めた経験により、自分の研究でも、バックグラウンドの異なる研究者との意思疎通がスムーズになった。
 また、生物科学専攻からの参加者にとっては材料や手法は馴染み深いものであったが、研究目的が工学的な応用を目指したものであるので、系を単純化して評価可能な物にすることを心がけた。この考え方は今後の研究の実験系を考えるときにも生きてくると思われる。今後の共同研究の機会にはこの2年間の試行錯誤が生かすことができると思う。