環境生態学・微生物生態学研究室

1.構成

渡辺泰徳、福井 学、岡田久子 (D4)、李 有喜 (D4)、中川達功 (D3)、小泉嘉一 (D2)、小島久弥 (D1)、赤坂真一朗 (M1)、加茂野晃子 (M1)、児玉温子 (M1)、庄司恭平 (M1)、但木優介 (M1)、宮武 史 (M1)、新本耕治 (卒研)、丸山みゆき (卒研)、宮下英夫 (卒研)、山下礼奈 (卒研)、滝井 進 (客員研究員)

2.研究紹介

 地球上の物質循環や人間環境保全の面で自然界の生物は極めて重要な役割を果たしている。本研究室では主に水界(湖沼、河川などの陸水域、沿岸海域、熱水環境および廃水・廃棄物処理系)に生息するさまざまな生物の生理的・生態的特性の研究を基礎に、生物群集の動態と相互作用,物質循環における作用、および人間の社会活動に伴う相互作用について解析している。以下の研究課題の1)は渡辺が、2)は福井が主として担当している。

 1) 沼・河川における生物群集の生態解析および人間環境問題との相互作用

 

a )バイカル湖における湖沼水質と沿岸付着藻類の増殖(国際共同研究):
ロシアのバイカル湖は寒冷、貧栄養な環境条件であるが沿岸に付着藻類が発達している地域が多い。今年から付着藻類の増殖とその生物群集内における意義について研究を開始した。南湖盆各地点で藻類現存量を調査し、水深、水質、波浪による基層の安定性、の諸点から比較検討した。また、現場条件での光合成生産速度を検討した。その結果、多くの地点で緑藻、珪藻、シアノバクテリアが水深別に層状分布をして高い現存量を保持し高い生産量を示すことを確認した。また、村落からの生活排水やツーリストの沿岸利用が付着藻類の現存量と生産量を高めている可能性が示唆された。解氷以降の増殖過程を追跡調査する予定である。(渡辺)
b )流入水質が植物プランクトン増殖に与える影響:
キャンプ地でありながら透明な水質を保つ山梨県の四尾連湖において、山地からの流入水、キャンプ場、山小屋からの排水などが湖水の透明度を決定する植物プランクトンの現存量に与える影響について調査した。水温躍層が形成された春以降に、植物プランクトンは表層に比べ深層で増加し、また深層でも光合成生産が活発であった。しかし沿岸傾斜地からの流入水には栄養塩が少なく、実験的にも藻類の生産を促進しないことがわかった。深層における増加の要因として、栄養素を含んだ地下水の供給または排水や放流魚に伴う栄養塩の持ち込みが考えられた。(但木)
c )淡水藻類の生残と光合成生産に与える太陽紫外線の影響:
紫外線影響研究の一環として、新たに池から単離した緑藻と珪藻を試験生物として、増殖能力喪失を指標とした生残率と光合成および増殖速度に対する、太陽紫外線(波長別)の影響を研究した。従来の知見と同様、これらの過程に対する阻害効果が確認されたが、波長域別の影響は種類間で異なる傾向が示唆され、生理状態を含めて再検討する必要が認められた。(山下)
d )付着藻類の分布に与える河川流量変動の影響:
多摩川中流部の早瀬において流速、水深などの物理環境を測量し、同時に付着藻類量、とくに糸状緑藻 Cladophoraの分布を調べた。藻類の分布状況と物理環境の差から、岸から流心部までの範囲を4ゾーンに類型化できた。この様な分布が決定する原因について、流量変動による干上がり、底質(礫)の撹乱、水中懸濁物質の沈降、藻類の流失抵抗性、の諸点から解析を進めている(岡田)。藻類の現存量を推定するための近赤外線写真から画像処理を行い付着藻類中のクロロフィル量(単位面積当たりの密度)を推定する試みを検討した。(宮下)
e )河川付着藻類に対する下水処理水の影響:
多摩川では処理場排水の流入後に河床の付着藻類量が増加するが、河川水との混合状態、出水の影響、処理水の栄養塩濃度や水温、pHなどが複雑に関係する。中流部多摩大橋地区で、野外調査、人工付着板の設置、付着藻類の種類と現存量調査を行っている。また、付着藻類の研究のために実験室内に人工水路を設置した。(渡辺、赤坂)
f )小笠原諸島の河川における外来魚の影響:
移入された動植物による在来生態系への影響が懸念されている。小笠原諸島父島内の15河川について外来種の分布調査をしたところ、8河川にグッピー、2河川にカダヤシ、2河川にカワスズメ、1河川にコイが確認された。これらの外来魚類が小笠原の淡水環境と在来の水生生物(ハゼ類、淡水エビなど)に与えている影響について現調査中である。(庄子)
g )都市公園における市民参加的環境問題への取組み:
八王子市長池公園は多摩ニュータウンにおける自然保全型公園としてネイチャーセンターや市民里山クラブの活動などを積極的に進めている。これらのNGO活動に参加して、ブラックバス駆除と親子での自然ふれあい体験を目的とした釣り大会開催やネイチャーセンターの展示に協力した(庄子、渡辺)。また、地域に求められる都市公園池のありかたを考えるため、公園利用者によって異なる快適性に着目したアンケート調査を行った結果、水質の浄化、水遊びのできる場を求める声が多く、地域の公園池に愛着を持ち保全活動を行いたいと考える人が7割を超えていた。(新本)

 2) 微生物生態への分子生態学的アプローチ

 総括:分子生態学的手法を導入することにより水界微生物群集の構造と機能およびその多様性を解明することを目的としている。具体的には蛍光in situ ハイブリダイゼーション法、DNA変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE)、DNAチップ、メンブレンハイブリダイゼーション法等を中心に用いて得られた結果と,現場の代謝活性データ,環境因子および生理学的データを合わせて包括的に微生物生態像を捉える。

a )糸状性硫黄酸化細菌Thioplocaと周辺バクテリアの相互作用:
異化的亜硫酸還元酵素遺伝子を標的としたクローニング解析により、淡水湖底泥堆積物中に生息する糸状性硫黄酸化細菌Thioplocaのシースに付着している硫酸還元菌が系統的に多様であることが示唆された。(小島)
b )高温環境における硫黄循環の解明:
中房温泉や湯俣温泉では、硫化水素を含む泉源からの流出温泉水(72-78℃、中性〜弱アルカリ性)中の石の表面にスライム状の温泉微生物ストリーマーが発達する。硫化水素濃度が0.1mM以下のとき、温泉ストリーマーよりAquificaceae様およびThermodesulfobacteria様DGGEバンドが検出され、また硫化水素生成が確認された。一方、硫化水素濃度が0.1mM以上のとき、Sulfurihydrogenobium様DGGEバンドおよびThermodesulfobacteria様DGGEバンドが検出され、温泉ストリーマーによる硫化水素消費と硫酸還元活性が確認された。さらに、温泉ストリーマーからは既知の好熱性硫酸還元菌と異なる亜硫酸還元酵素DSR遺伝子が検出された。以上の結果より、高温環境下でも微生物学的硫黄循環が成立することが明らかとなった。同様に小笠原沖水曜海山熱水噴出孔での微生物群集の解析も行っている。(中川)
c )DNAマイクロアレーを用いた石油系炭化水素嫌気分解微生物群集のプロファイリング:
複数の分子生物学的手法(DGGE, membrane hybridization, and DNA microarray)を組み合わせて、トルエン及びエチルベンゼンを唯一の基質・エネルギー源とする嫌気的集積培養系をプロファイリングし、DNAマイクロアレーの有用性を評価した。その結果、どの方法を用いても硫酸還元菌の近縁種を含む1?2種の優占種が存在する事が分かった。DGGE-メンブレンハイブリ法は、微生物の培養・単離をせずに定量が可能であり、マイクロアレーは将来的に迅速でハイスループットなハイブリのフォーマットになりうる事が示された。(小泉、中川)
d )干潟における有機物の嫌気的分解過程:
東京湾に残存する貴重な三番瀬において有機物浄化能を明らかにするため、底泥での有機物分解と微生物群集の季節変化の調査を行っている。(宮武)
e )変形菌(真正粘菌) Myxomycetesの分子系統および生態:
Myxomycetesの生活史全体を対象とする生態学的研究に向けた試みとして、形態形質のみでなく分子データを指標とする同定方法の利用を検討した。SSU rDNAをターゲットとしたPCR-DGGEプライマーを設計し、採集したMyxomycetesの子実体試料に対して解析を行った。その結果、主に枯葉上で子実体を形成するPhysaraceaeやDidymiaceaeを対象とする本方法の有効性が示唆された。(加茂野)
f )日本における百日咳菌(Bordetella pertussis)の分子疫学:
百日咳臨床分離株の遺伝子型を解析し、タイプ分けすることにより、それらの出現要因の解明を目指す。 (児玉)
g )廃水の生物処理過程における微生物群集の解析:
横浜市南部汚泥処理センターの嫌気消化槽の各試料から直接核酸を抽出し、微生物群集解析を行った。嫌気消化槽で顕著に見られた古細菌のバンドはH2/CO2資化性Methanospirillum sp.に近縁で、同時に真正細菌ではメタン生成菌との共生細菌で有機物を分解してH2/CO2および酢酸を生成するSyntrophus sp.に近縁なバンドが観察されたことから、槽内では主にH2/CO2を基質としたメタン生成が行われていると考えられた。(丸山)
h )底泥における深度に伴う微生物群集の変化:
琵琶湖底泥中における微生物群集構造の垂直変化(0-20 cm)を解析した。その結果、16S rDNA(PCR-DGGE)を基にした解析では、深度に伴うDGGEパターンの大きな変化は見られなかった。一方、一般的に細胞の活性の指標として知られている16S rRNA(逆転写PCR-DGGE)を基にした解析では、深度とともにDGGEプロファイルのバンド数が減少した。両解析の比較から、深度に伴う微生物群集構造の変化は、種の入れ替わりではなく、生き残れる種の減少によって引き起こされていることがわかった。(小泉)
i )貝池水・堆積物中の微生物群集構造解析と硫黄循環の解明:
鹿児島県甑島に位置する貝池において、水柱および底泥の微生物群集を解析した。その結果、水柱の酸化還元層では紅色光合成細菌のChromatium sp.に近縁なDGGEバンドが特異的に観察され、嫌気層では緑色硫黄光合成細菌が優占していた。底泥に発達する微生物マットでは、緑色硫黄光合成細菌、緑色非硫黄細菌、硫酸還元菌などに近縁なバンドが観察され、深度とともにバンドパターンが変化した。現在、光合成細菌と硫酸還元菌の硫黄代謝に着目し、貝池における硫黄循環を解析している。(小泉、小島)
j )融雪時における積雪赤褐色化現象の分子生物学的解析:
尾瀬地方で「アカシボ」と呼ばれる積雪赤褐色化現象への微生物の寄与を推定するため、尾瀬沼水面上の積雪についてRuBisCO遺伝子を標的としたクローニング解析を行った。その結果、複数の微生物が積雪中での無機炭酸固定に関与している可能性が示された。(小島)

3. 研究発表

誌上発表

  1. Katano, T and Fukui, M. (2003) Molecular inference of dominant picocyanobacterial population by denaturing gradient gel electrophoresis of PCR amplified 16S rRNA gene fragments. Phycological Research. (in press)

  2. Koizumi, Y., Kelly, J. J., Nakagawa, T., Urakawa, H., El-Fantroussi, S., Fukui, M., Urushigawa, Y., Stahl, D. A. (2002) Parallel characterization of anaerobic toluene- and ethylbenzene-degrading microbial consortia by PCR-DGGE, RNA-DNA membrane hybridization, and DNA microarray. Appl. Environ. Microbiol. 68: 3215-3225.

  3. Koizumi, Y., Takii, S., Nishino, M., Nakajima, T. (2003) Vertical distributions of sulfate-reducing bacteria and methane-producing archaea quantified by oligonucleotide probe hybridization in the profundal sediment of a mesotrophic lake. FEMS Microb. Ecol. (in press)

  4. 小泉嘉一, 福井 学 (2003) rRNAメンブレンハイブリダイゼーション法を用いた定量的微生物群集構造解析.日本微生物生態学会誌 (in press)

  5. Kojima, H., Teske, A., and Fukui, M (2003) Morphological and phylogenetic characterizations of freshwater Thioploca species from Lake Biwa, Japan, and Lake Constance, Germany. Appl. Envir. Microbiol. 69: 390-398.

  6. 中川達功, 福井 学(2002)変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法による微生物群集プロファイリングの有効性. 陸水学雑誌 63:59-66.

  7. Nakagawa, T., S. Sato, Y. Yamamoto, and M. Fukui. (2002) Successive changes in community structure of an ethylbenzene-degrading sulfate-reducing consortium. Wat. Res. 36:2813-2823.

  8. Nakagawa, T., S. Hanada, A. Maruyama, K. Marumo, T. Urabe, and M. Fukui. (2002) Distribution and diversity of thermophilic sulfate-reducing bacteria within a Cu-Pb-Zn mine (Toyoha, Japan). FEMS Microbiol. Ecol. 41:199-209.

  9. Nakagawa, T. and M. Fukui. (2002) Phylogenetic characterization of microbial mats and streamers from a Japanese alkaline hot with a thermal gradient. J. Gen. Appl. Microbiol. 48:211-222.

  10. 小栗一将、伊藤雅史、平野 聡、久光敏夫、坂井三郎、村山雅史、北里 洋、小泉嘉一、福井 学、平 朝彦 (2002) 鹿児島県上甑島貝池の水、堆積物、微生物活動の特徴-無酸素海洋環境の理解にむけて.地質学雑誌

  11. Onda, S. and Takii, S. (2002) Isolation and characterization of a new Gram-positive phosphate-accumulating bacterium. J. Gen. Appl. Microbiol. 48:125-133.

  12. Okada, H, Watanabe, Y, (2002) The effect of physical factors on the distribution of filamentous green algae in the Tama River. Limnology 3:121-126.

  13. Shinozaki, H. and M. Fukui (2002) Comparison of 16S rRNA, ammonia monooxygenase subunit A and hydroxylamine oxidereductase gene in chemolithotrophic ammonia-oxidizing bacteria. J. Gen. Appl. Microbiol. 48:173-176.

口頭・ポスター発表(主なもの)

  1. 加茂野晃子、福井 学 (2002) 環境中における変形菌(Myxomycetes)の動態解析に向けた試み.第18回日本微生物生態学会(三重)

  2. 小泉嘉一、小島久弥、福井 学 (2002) SSU rDNA及びrRNAを基にした琵琶湖底泥微生物群集プロファイルの垂直変化.第67回日本陸水学会(東京)

  3. 小泉嘉一、福井 学、北里 洋 (2002) 貝池における紅色光合成細菌のブルーム層を介した微生物群集の垂直変化.第18回日本微生物生態学会(三重)

  4. 小島久弥、福井 学 (2002) 糸状性硫黄酸化細菌Thioplocaと付着微生物群の相互作用.第67回日本陸水学会(東京)

  5. 小島久弥、小泉嘉一、石井浩介、福井 学、福原晴夫、山本鎔子、尾瀬アカシボ研究グループ(2002) 尾瀬ヶ原のアカシボ現象に関する研究(24)?アカシボ構成微生物の分子生物学的解析.第18回日本微生物生態学会(三重)

  6. Nakagawa, T., and Fukui, M.(2002) Molecular- and culture-dependent characterization of sulfate-reducing Thermodesulfobacterium group within microbial streamers in sulfide containing hot springs in central Japan. 102nd General Meeting of the American Society for Microbiology (Salt Lake City, USA ).

  7. 中川達功, 福井 学(2002)豊羽鉱山における好熱性硫酸還元菌の分布と多様性. 地球惑星科学関連学会2002年合同大会 (東京)

  8. Nakagawa, T., A. Maruyama, T. Urabe, and M. Fukui (2002) Analysis of microbial community structures within the core recovered at hydrothermal site of Suiyo seamount, Izu-Bonin Arc, Western Pacific. American Geophysical Union 2002 Fall Meeting (San Francisco. USA).

  9. 岡田久子、知花武佳、岡滋晃 (2002) 多摩川の早瀬におけるCladophora glomerataの分布に対する流量変化の影響 第67回日本陸水学会 (東京)

  10. Okada H. (2002) Effect of discharge change on the distribution of Cladophora glomerata on riffle of Tama River, Tokyo.  11th International Symposium on River and Lake Environments (ISRLE) (Suwa)

  11. Tadaki Y, Watanabe Y. (2002) Phytoplankton and primary production in subalpine Lake Sibire. 11th ISRLE (Suwa)

  12. Shoji K, Watanabe Y. (2002) Introduced fishvorous fish in Japanese lakes and rivers. 11th ISRLE (Suwa)

  13. 庄子恭平、渡辺泰徳、富永一夫(2002)多摩ニュータウン長池公園における外来魚駆除活動 第67回日本陸水学会 (東京)

  14. 但木優介、渡辺泰徳(2002)貧栄養湖、四尾連湖における光合成生産の特徴 第67回 日本陸水学会(東京)

  15. 渡辺泰徳、山下礼奈(2002)藻類の生残に対する太陽紫外線の影響 第67回日本陸水学会(東京)

その他の出版物

  1. 福井 学、松浦克美(2002)温泉に太古の生命を探る.遺伝7月号.56:30-35.

  2. 岡田久子 (2002) 多摩川のカワシオグサ 豊田市矢作川研究所月報「リオ」58:1.