ショウジョウバエ実験法(入門編)
系統はどこで手に入れるか
東京都立大学では、ショウジョウバエ系統保存事業を行っており、キイロショウジョウバエの基本的な突然変異系統やその他の種の分譲に応じています。詳しいことは、分譲の案内をごらん下さい。
この他、ショウジョウバエを使っている国内の多くの研究室が、保存系統のリストを公開しており、Jflyや国立遺伝学研究所の遺伝資源のウエブサイトで見ることができます。また、国内で入手できない系統は、アメリカおよびヨーロッパのストックセンターから入手することもできます。詳しいことは、FlyBase
をご覧下さい。
野外から採集してくる
キイロショウジョウバエはじめ多数の種が野外で採集できます。方法として、もっとも多く用いられる「トラップ法」と「スィーピング法」を紹介することにします。
- トラップ法
広く用いられるのがバナナ・トラップ法です。まず、バナナ(あまり新鮮でないものがよい)を包丁などで細かく刻みます。そこに、ドライイーストを適量降りかけ、よく混ぜ合わせながらつぶします。乾燥する時期には、少量の水あるいはビールを加えるようにします。つぶす作業は、ポリ袋やレジ袋を利用すると便利です。できたエサを、牛乳パックや口の広い空きビンなどに入れ、家の中や、屋外の木陰などに置くか、ひもで木の枝などにつるします。一日位経ってバナナが発酵してくると、ハエが入るようになるので、薄手のポリ袋などをトラップの口にかぶせ、中のハエを袋の中に追い込むようにして採集します。袋からの回収には、吸虫管を使うと便利です。トラップの効力は1週間程度は続きます。
- スィーピング法
昆虫採集用のネットを用いて、ハエのいそうなところをスィープする方法です。種によって好みの場所は異なりますが、落ちた果物、ゴミ捨て場、樹液の出ている木の幹、腐りかけたキノコなどには、さまざまな種のショウジョウバエがたくさん集まっています。ただし、キイロショウジョウバエは、屋外には少ないので、トラップ法により人家の中で採集した方がよいでしょう。
なお、野外で採集されたショウジョウバエの種名の同定には、専門的な知識を要するので、必要な場合は、専門家に相談して下さい。
ハエの入れ物はなにがいいか
飼育のための容器として、私達の研究室では、主として直径30mm、高さ120mmの管ビンを使用しています。これより小型の直径20mm程度のガラスやプラスチック製のチューブ、あるいは、大型のや牛乳ビンなどを使用している研究室も少なくありません。
要は、ハエが逃げないようにフタができ、滅菌ができるものなら何でも使えます。清涼飲料水やお酒の空きビンなどを活用すれば安上がりです。ただし、口があまり小さいものや、底の丸い試験官のようなものは、扱いずらいので、やめたほうがよいでしょう。
栓は、綿栓やスポンジ栓(発砲ポリウレタン製)を使うのが普通です。紙製の固い栓が細菌培養用などの目的で市販されていますが、隙間ができやすいので、よくありません。また、スポンジ栓は、取り外しが容易で能率がよいといった利点がありますが、ふつうは特注品になること、ダニが侵入しやすいことなどから、小規模な場合にはあまりお勧めできません。
綿栓の作り方
綿栓は、布団用の綿を使って作ります(脱脂綿は隙間ができやすいのでよくない)。綿をビンの口のサイズに合わせて固く丸めただけでも使えますが、汚れやすく、長持ちしないので、晒の布で包んで、てるてる坊主の要領で作ることをお勧めします。この場合、布にしわができると、ビンの壁との間に隙間ができ、ハエが逃げ出したりするので注意します。栓の固さは、最初はかなり力を入れてようやく入る程度に固く作ります。何度か使ううちに次第に入りやすくなります。あまり固くすると空気が入らないのではないかと気にする人がいますが、その心配はありません。綿栓の部分を指でつまんで飼育びんを持ち上げても簡単には抜け落ちない程度が目安です。
何を食べさせるか
ショウジョウバエの飼料としては、さまざまな種類のものが考案されていますが、完全な人工培地を除けば、主要な栄養源はいずれも酵母(イースト)です。都立大学でも何種類かの餌を用いていますが、主体は、トウモロコシ粉(コーンミール)、乾燥ビール酵母、ぶどう糖(グルコース)を寒天で固めたものです。詳細については、こちらをご覧下さい。
餌の組成自体は簡単なものですが、原料が一般ではなかなか手に入らない場合が多いと思われますので、小規模な飼育には、市販のインスタント飼料の利用がお勧めです。
これではコストがかかりすぎるという場合には、比較的入手しやすい原料で作る「イーストの餌」を試してみてください。作り方はこちら
どのような飼料を用いるにしても、飼育容器に入れる飼料の量は、2〜3cmの厚さになる程度が適量です。量が少なすぎると、ハエを移したりする際に、エサごと落ちてくるとか、乾燥してひび割れができるといったトラブルの原因となります。
エサに紙を挿すことも一般的に行われています。ハエの止まり場所や蛹のつく場所を広くしてやるのと、湿気の調節が目的です。用いる紙は、ペーパータオルなど、吸湿性があり、腰のしっかりしたものが適しています。ビンのサイズによっても違いますが、数cm角に切った紙を三角形に折り、先端をエサの中に挿入します。
滅菌のしかた
ごく小規模で、短期間の飼育には、特に滅菌操作は必要としませんが、長期間飼育する場合は、どうしてもカビ、バクテリア、天然の酵母の類による汚染が問題となりますので、飼育ビンや綿栓を滅菌する必要があります。
滅菌には、乾熱滅菌器を用いるのが理想的です。量によっても変わりますが、130℃で3時間程度行います。乾燥した時期には、綿栓に引火することがありますので、注意して下さい。
オートクレーブも使えますが、ビンはともかく、綿栓が湿ってしまうことが難点です。綿栓だけの滅菌には電子レンジを使う手もあります。
どんな環境で飼うか
- 温 度
ショウジョウバエの飼育に適した温度は、18〜25℃です。ショウジョウバエは25℃で飼育しなければならないと思っている人もいますが、この温度は発育速度が最大になる温度であり、高温の限界と考えて下さい。これ以上高くなると、飼育は困難になり、30℃以上ではほとんど飼育不能です。もっとも飼いやすい温度は、20〜22℃です。
したがって、春や秋の気候のよい時期には、室温で容易に飼育することができますが、真夏や寒中は室温では飼育困難です。定温恒温器の設備があればそれに越したことはないのですが、ない場合には、夏場の飼育はあきらめ、よい季節を待った方がいいでしょう。冬期は、零下にならない場所、例えば、人の生活している室内などに置けば、大丈夫です。
また、寒い時期の保温のために、乾熱滅菌器(恒温器という場合がある)を使う人がいますが、これは感心しません。温度を、例えば25℃に設定したつもりでいても、瞬間的には40℃を越えるような高温になるため、雄が不妊になってしまうからです。これまで相談を受けた失敗の多くが、これが原因です。直射日光のあたるような場所も、ビンの内部の温度が上昇するので、たとえ冬場でも避けるようにします。
- 湿 度
乾燥しすぎると、餌が縮んだり、ひび割れたりするという問題が生ずることもありますが、日本の気候条件では、まず大きな問題ではなく、気にする必要はありません。ただし、インスタント飼料を用いる場合は、冬場の乾燥する時期には加える水の量をいくぶん多めにするなどの注意が必要です。
- 照度と日長
キイロショウジョウバエの場合は、暗黒化でも飼育可能であり、明るさはあまり気にする必要はありません。ただし、植物用の定温恒温器を使用する場合は、照明が強すぎて、飼育容器内の温度が高くなりすぎるので、照明灯の数を減らすか、あるいは直射光が当たらないような工夫が必要です。
遺伝実験など一般の実験では、日長時間は気にする必要はありません。求愛行動などの行動に関する実験・観察を行う場合は、連続光や暗黒下に置くと活動がにぶくなるので、12時間の明暗周期の下で飼育することが必要です。
系統はどうやって維持するか
ショウジョウバエでは、凍結して保存するような技術は、残念ながらまだ確立されていません。このため、系統を維持するためには、毎世代植え継いでいくしかありません。
系統を維持する目的の場合、まず、1本の飼育ビンに親バエを10〜20匹を入れます。この際、雄と雌が両方入っていることを確認する習慣を付けるようにします。親バエは入れたままにしてかまいません。次の世代のハエが羽化してきたら、この中から、10〜20匹を新しい餌の入った飼育ビンに移し、残りのハエは必要なければ捨てます。不安があるようなら、一つの系統について、ビン2本を用い、できれば時期をずらして植え継ぐようにすればより安全です。
植え継ぎの間隔は、温度によって違いますが、25℃だと2週間に一度、20℃だと3週間の一度程度を目安とします。
植え継ぎの際にもっとも注意しなければならないことは、他の系統のハエが混じらないように気を付けることです。部屋の中にたくさんのハエが飛んでいるような状態では、ハエの移し変え作業の間に飛び込む危険性があります。また、飼をビンに分注してから栓をするまでの間に、ハエが入り込んでいることもあります。
さまざまなトラブル
ショウジョウバエには、これまで病気らしい病気は報告されておらず、実験動物の中でももっとも飼育しやすいものの一つです。しかし、まったく問題がないというわけにはいきません。主な問題は以下のようなものです。
- ダニ
ショウジョウバエにとって最大の天敵と言ってよいでしょう。野外には、ハエに寄生して血を吸う種類のものもいますが、実験室ではあまり問題になりません。実験室で問題になるのは、どこにでもいるコナダニの仲間です。この類は、生きたハエを直接食べるようなことはありませんが、ショウジョウバエよりも世代が短く、飼育ビンの中で急速に増えるために、ハエが産卵できなくなったりして大きなダメージを与えます。
ダニ対策は、昔からさまざまなものが試みられていますが、決定的なものはありません。飼育している系統の調子が悪い場合には、ダニの感染を疑い、実体顕微鏡でビンの中を調べてみて下さい。もし、ダニがいたら、そのビンを処分してしまうのが一番です。また、外から入り込んでくるのを防ぐには、綿栓をできるだけ固くするのも効果的です。ハエの移し替えの際に、ダニの感染がないかどうかをチェックすることも大切です。
- カビ
カビが餌に発生するようになると、ハエが増えにくくなります。一旦、カビが入ると、毎世代、ハエの体内を通じて伝わるため、絶滅することは困難です。防カビ剤の種類を変えてみたり、卵をアルコールで洗うといった方法もありますが、ビンごと処分してしまうのがもっとも簡単です。
- バクテリアや野生酵母
餌の表面がねばねばしてハエがくっついてしまったり、餌の色が赤く変色したりするのは、バクテリアや野生の酵母による汚染が原因です。この場合、ふだん用いている防腐剤を、一時的に他の種類(例えば、サリチル酸、ソルビン酸、ペニシリンなどの抗生物質等)に変えると、劇的効果がみられることがあります。
どんな道具がいるか
実験や研究の目的によって必要な器具や道具は変わりますが、どうしても必要な基本的なものとして、以下のようなものが必要です。
- 実体顕微鏡(解剖顕微鏡)
単に飼育するだけなら必要ありませんが、遺伝実験を行うためには必需品です。倍率は、10〜40倍程度あれば十分で、高価なものは必要ありませんが、視野が狭いものは使いずらいです。
- 選別板
実体顕微鏡でハエを観察する際にハエを乗せる台です。白いタイルや上質の厚紙で間に合います。プラスチック製の下敷きなどは、静電気を帯びやすいのでやめた方が無難です。実体顕微鏡の載物台にハエを直接置く人がいますが、これは、作業の能率が悪いので感心しません。
- 選別へらまたは毛筆
選別板の上で、ハエを並べたり、移動したり、向きを変えたりするのに必要な小道具です。金属性の専用のへらも考案されていますが、スパーテルや薬さじを加工して作ることも容易です。また、面相筆やデザイン用の小さな筆でもかまいません。
先細のピンセットでハエの翅をつまんで動かすこともできますが、多数のハエを扱うには適しません。
- ハエ捨てビン
不要なハエを処分するのに必要です。薬品やインスタントコーヒーなどの空き瓶の口にポリエチレン製のロートを取りつけるだけ簡単に作ることができまです。ロートを付けるのは、ハエを捨てやすくするのと、捨てたハエが逃げ出すのを防ぐためです。ビンの中には、アルコールあるいは水に中性洗剤を少し加えた液を入れておきます。
- あると便利な道具
- 吸虫管
麻酔せずに雌雄を分けたり、交配したりするのに重宝です。また、野外での採集には必需品です。簡単に作れるので、ぜひ用意したい小道具です。作り方はこちら
- 穴付きスポンジ栓
ビンの中から特定のハエを吸虫管で吸い出したりするのに大変便利です。作るにはやや練習が必要ですが、それほど難しいものではありません。作り方はこちら
- ルーツェ型ピンセット
飼育ビンの底まで届くような脚の長いピンセットです。餌に紙を差し込んだり、餌にくっついたハエを拾い出したりするのに便利です。
キイロショウジョウバエの発育の速さ
発育の速さは飼育する温度によって大きく変わります。25℃で飼育した場合の標準は以下のとおりです。
産 卵 0時間
1令幼虫 24
2令幼虫 48
3令幼虫 72
蛹 化 120
羽 化 220
つまり、産卵から9日と少しで成虫になります。例えば、ある月の1日に親バエを新しい餌に移すと、その月の9日の午後には次世代の羽化がはじまります。したがって、25℃で飼育する場合は、10日を基準に実験計画を立てるようにします。また、20℃では、およそ2週間を要しますので、授業の場合のように週単位の計画を立てるのに便利です。
基本的なテクニック
- ハエの移し替え
系統を維持するために植え継や、ハエを増やしたり麻酔をするといった日常の作業を行う上でもっとも基本的なテクニックの一つは、飼育ビンの中にいるハエを他のビンに移すという作業です。慣れればさほど難しいことではありませんが、初めて経験する人の場合、とまどいがちです。いちばんいいのは、経験者の作業を見て覚えることですが、それが難しい場合は、以下の要領で練習し、自分なりの方法を身に付けて下さい。
- 親バエが入っている飼育ビンと空のビン(栓付き)を1本ずつ用意します。最初は、なるべくハエの数が少ないもの(数十匹程度)を選ぶとよいでしょう。
- ハエの入ったビンの底を机や実験台の上などに、2ー3回とんとんとたたきつけてみて下さい。ビンの上の方にいたハエが底に落ちるのがわかると思います。もし、落ちないようなら、それはぶつける力が足りないからです。何度か練習して、全部のハエが底に落ちるにはどの程度の強さが適当であるかを会得して下さい。
なお、ビンが薄い場合や机の表面が固くてビンが割れる心配があるようなら、机の上にゴムマットを敷くか、厚手の紙やノートなどを置くとよいでしょう。
- 力の入れ加減がわかったら、次に、すべてのハエが底に落ちるように、1ー2度強くたたきつけた後、ビンを垂直にたてたまま、手早く栓を取ってみてください。ハエがビンの側面を登ってくるのがわかると思います。ビンの口の高さまで上がってくるのに、少なくとも3秒位は要することがわかるでしょう。ハエの移し変えの作業にはこの間の時間を使うわけですが、皆さんが想像された以上にたっぷり時間があるはずですのであわてないことが肝要です。
- さて、いよいよ本番です。まず最初に、空のビンの栓を取ります。取った栓は手に持っているようにします。これは、ハエを移した後、すばやく栓をするのに便利なことと、栓を机の上に置くことによって雑菌やダニが付くのを防ぐためです。
- 次に、ハエの入ったビンの底を、2ー3回机にたたきつけ、ハエをビンの底に落としてから、素早く栓を取り、空のビンの口を上から合せます。そして、両方のビンの口を合せたまま掌でしっかり握るようにします。右利きの人の場合、左手で握るようにし、取った栓は2個とも右手に持つようにします。次の作業で、空ビンの側を下にすることを念頭に置いて、逆手で握ることがコツです。最初のうちは、この要領がわからず、ビンを持ち変える必要が生じるかも知れませんが、少し練習すれば、逆手の使い方を会得できるはずです。
たくさんのハエが羽化している飼育ビンからハエを移そうとすると、栓の周りにいるハエが、なかなか下に落ちてくれないことがあります。この場合、ビンの側面を、指などで軽く叩いて、ハエを落としてから上の作業に入るようにします。
- 両方のビンの口を合わせたまま、空ビン側を下にして、右利きの人の場合は、右手の掌(栓は掴んだまま)で、空ビン側の底から、3ー4回、思い切って強く叩きます。ハエは空ビンの方に落ちるはずです。全部あるいは必要な数のハエが空ビン側に移ったら、素早く両方のビンに栓をします。
なお、ビンの口がよく合っていなかったり、握り方が弱かったりすると、ビンが割れることもあるので注意して下さい。ハエの入った上側のビンの底を叩いて落とそうとする初心者も見かけますが、これは、ほとんど効果がないだけでなく、餌が落ちてきてトラブルのもとになります。また、ビンの底を掌で叩く際に、思い切りが悪く、弱い力で何度も叩くことも餌が落ちる原因となります。
- 以上の基本的テクニックを会得できたら、今度は、ハエの一部だけを移すことを練習してください。系統の植え継ぎなどの場合、何百もいるハエの中から、10ー20匹程度を移すことになりますので、必須のテクニックです。この場合、1回の操作で必要な数を移すことはベテランでも困難で、多く入りすぎたら、(6)
の操作でビンの向きを変えて、元のビンに戻してやるといったことが必要となります。
- 麻酔の方法
ショウジョウバエの欠点の一つは、翅があるため、そのままにしておくと飛んで行ってしまうことです。そのため、何をするにも、ハエを動かないようにする工夫が必要です。ハエの麻酔には以下のような方法があります。
- 低温麻酔
氷などを使い、低温にして動けなくする方法です。ハエに対する影響がもっとも少ない方法ですが、湿度の高い日本では、結露が激しく、水浸しになってしまいがちなのが難点です。
- 炭酸ガス
低温麻酔に次いでハエに対する影響が少ないのですが、特殊な麻酔装置を必要とすること、炭酸ガスボンベを設置するためには消防法に合致する設備や配管が必要であることなどから、一般の学校などで導入することは困難です。
- ジエチルエーテル
もっとも広く用いられている方法ですが、種によっては麻酔に著しく弱かったり、雄が不妊になってしまうことがあります。また、引火性が強いこと、麻酔持続時間が短いため、初心者には加減が難しいなどの欠点があります。
- トリエチルアミン
ハエが動かなくなるまでの時間がエーテルに比べて長いため、熟練者は、ややまどろっこしさを感じますが、麻酔効果が30分から1時間以上も持続するので、初心者向きでお勧めです。方法はこちら
- 雄と雌の見分け方
ショウジョウバエの、少なくとも交配が必要な実験を行うには、雄と雌を区別できることが必要不可欠な条件です。初めてショウジョウバエを見る人は、よく区別が難しいといいますが、雌雄の違いは非常に明確で、要領さえ掴めば決して難しいものではありません。
雄は概して雌より小さいこと、腹部の背中側(腹部背板という)の末端の2節の全体が黒いこと、また、前肢に性櫛と呼ばれる剛毛があること、などといった特徴が教科書などに書かれています。これらの、特徴が間違いというわけではありませんが、実際にはあまり役に立ちません。一番よい方法は、腹部末端の外部生殖器の構造の違いを見ることです。
それには、最初は実体顕微鏡をできるだけ高倍率にして、ハエの腹部の先端をよく観察してみて下さい。はっきり2種類に分けられることがわかるはずです。雌は、先端に産卵管があり、尖っています。これに対して、雄の外部生殖器は複雑で、把握器と呼ばれるアーチ状の構造がみられ、多数の短い剛毛が生えています。この違いをしっかり会得してしまえば、ごく低倍率でも、あるいは、肉眼でも簡単に識別できるようになります。
雌雄の違いに限らず、区別の困難な突然変異の識別や分類などの場合でも、最初は、高倍率にして違いをしっかり認識することが大切です。
- バージン雌の集め方
- なぜバージン雌が必要か?
昆虫の多くは、雌の体内に精子を貯蔵する器官を持っており、交尾の際に雌に入った精子は、その中で長期間生きており、必要に応じて受精に使われます。ショウジョウバエの雌は、羽化して間もなく交尾しますので、飼育ビンの中から取り出した雌の大部分はすでに交尾済みとみて間違いありません。もちろん、その相手は同じビンの中にいた雄です。このような雌を、他の系統の雄と交配したとしても、生まれてくる子供の父親はどちらかはわかりません。劣性の突然変異系統の雌に野生型系統の雄を交配する場合には、子供の表現型から父親がどちらであるかがわかるといった特殊なケースはありますが、ショウジョウバエを用いた交配実験では、バージン雌を用いるというのがあくまでも基本です。
- バージン雌を集める
雌は、羽化直後でも交尾可能ですが、雄の場合、羽化後12時間ほどは交尾できません。このことを利用して未交尾の雌を集めることができます。飼育ビンの中の蛹が黒く色付いてきたら間もなく羽化が始まるのでバージン取りの準備をします。25℃の場合、産卵後9日目の夜から、20℃では、14日目が目安です。
親ハエが何匹が羽化してきたら、中にいる親バエを全て捨てます。雄が1匹でも残っていると何匹かの雌と交尾する可能性がありますので、中にハエが残っていないことを充分確認して下さい。親バエを払ってから、12時間以内に羽化してきたハエを集めて、雌雄に分け、それぞれ別のビンに入れます。例えば、朝9時に親バエを払った場合、夜の9時以前に羽化した雌は、まず間違いなくバージンです。
なお、自然光の下で飼育すると、羽化のピークは明け方になり、昼間はあまり羽化してきませんので、多数のバージン雌が必要な場合には、夜遅くに親バエを払い、翌朝バージン集めをするのが理想的です。
- 交配の方法
本来は、雌、雄各1匹ずつで交配することが理想的ですが、飼育ビンの数がたくさん必要なので、学校などでは困難でしょう。ここでは、複数の雌雄間の交配について説明することにします。
まず、必要な系統のバージン雌を用意します。羽化当日や翌日の雌は、ほとんど産卵しませんので、3ー5日令のものを使います。雄は、未交尾である必要はないので、ストックの中から選んでもかまいません。
新しい飼育ビンに、バージン雌3ー4匹を入れ、次いで同数の雄を入れます。交配の作業はこれだけです。なお、麻酔を繰り返すと産卵が悪くなるので、できるだけ吸虫管を用いて、麻酔なしで行うようにします。
このまま2ー3日間産卵させた後、新しい飼育ビンにハエを移し、さらに2ー3日間産卵させた後、親バエを捨てます。最初に産卵させたビンを、first
brood と呼び、2番目を second brood と呼びます。
注意する点は、卵の数が多くなりすぎないようにすることです。飼育ビンのサイズによっても違いますが、直径3cm程度の管ビンを用いる場合、1ビン当りの子供の数は、100ー150匹程度になるのが理想的です。産卵数は親バエの状態や餌の質によってかなり変わりますので、適当な数になるように、交配する親バエの数や産卵の期間を調節します。餌の表面に産み付けられた卵は、ビンの外側から見ることができますので、産みすぎのようならば、スパーテルなどで餌の表面の一部を卵ごと掻き取って数を調節するのも一法です。
単性雑種や両生雑種の実験のように、雑種第1代(F1)同士をそのまま交配する場合は、バージン雌を用いる必要はありません。羽化後数日以内のF1の中から3ー4対のハエを選んで、上のように産卵させます。
- ハエの数え方
25℃の場合、産卵後10日目にはかなりの数のハエが羽化してくるはずですから、ハエのカウントを開始します。毎日の必要はありませんが、隔日に一度は数えるようにします。親バエを捨ててから12日目(産卵開始から15日目)位になると、ハエがほとんど出なくなるので、そこでストップします。それ以上経つと次世代のハエが混じる可能性があります。
ハエを数える場合、雌雄、表現型別に仕分けてから数を数えるのが普通です。表現型の種類が多い場合には、まず、判別のしやすい形質で分け、次いで、より判別の難しい形質で仕分けるようにすると能率がよいでしょう。わかりやすい表現型の場合、実体顕微鏡を使わなくてすむこともありますが、少しでも判定に迷うようならば、顕微鏡を使うことで能率が著しく向上します。
餌の表面にくっついているハエは、柄付き針やピンセットなどを用いて、取り出し、可能な限り数えるようにします。