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生命科学専攻
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「大学院教育改革支援プログラム」:アウトリーチ

タイトル: 児童養護施設「旭児童ホーム」における自然体験学習会の開催
実 施 者: 矢崎英盛(動物生態M2)・岩浪創(動物生態M1)
実施場所: 寺家ふるさと村(神奈川県横浜市)
実 施 日: 2020年 3月 14日
対  象: 旭児童ホームの児童・生徒・教職員 計15名程度

<概要/目的>
本企画の実施者である矢崎・岩浪は、大学院で生態学の研究を行う傍ら、そこで学んだ生態学の知見を社会と共有する科学コミュニケーションにも強い関心を抱いてきた。
本企画は、昨年矢崎が埼玉県所沢市の「トトロの森」で行ったアウトリーチ企画に、「旭児童ホーム」の児童・職員が参加し、それが好評を得たことから、同施設の児童・生徒・教職員に対して自然体験の意義と、自然を深く知るための方法としての生態学に親しむ機会を、改めて設けることを依頼されて計画しているものである。

<方法/企画としての特徴>
企画者の一人である矢崎はこれまで、自然体験の少ない親子向けの観察会を企画することで、親子の会話の中で自然への関心を育み、日常生活の中に自然との親しみの意識を落とし込むことを目標に、アウトリーチ企画を実施してきた。今回の児童養護施設での開催では、
・小学校入学前から中高生までの幅広い年齢層の子供たちを一度に対象にすること
・子供たちとの直接対話の比重が高まること
の2点で、新しい工夫が求められる。これまで重視してきた、実際を昆虫をはじめとする生物に触れる中で、参加者に能動的に生物との関わり方を探ってもらうアプローチの枠組みを維持をしつつ、どのような子供たちとの接し方が有効であるか、施設の職員と定期的に連絡をとりながら準備を進めてきた。

コロナウイルスの感染拡大の中で、本企画の実施の可否について、施設職員と繰り返し相談を行った結果、
・もともと同じ施設で生活している生徒・職員が野外に出る会であるため、多方面から参加者が集めるイベントと異なり、新たな感染拡大にはつながりにくい
・生徒たちは卒業式などが中止になりストレスが高まっているため、野外に出る貴重な時間を作りたい
・施設としてのオフィシャルな行事ではなく、少人数の希望者のみ参加のパーソナルな場とする
・教室での座学の時間は実施せず、野外での観察のみを実施する
・虫網を配布して昆虫を採集するなどの目立つ行動は控え、森の中を散策しながら自然観察をするにとどめる
という方針で、当初予定の40人から規模を縮小し、企画内容を一部変更しながら実施することに決定した。当日は、旭児童ホームの幼稚園生〜中学生の生徒12名+職員が参加した。

<活動内容/具体的成果>
当日は、年齢の低い生徒も参加が見込まれたため、屋外の公衆トイレの前を起点とし、セーフティートーク(スズメバチ・ヘビ・ウルシへの対処、随時の水分補給など、野外活動の基本的な注意事項を伝える)を行った後、実際に森の中を散策しながら生物の観察を行った。
講師側は事前に、土壌生物の採集観察や進化の概念の解説などのプログラムを準備していたが、実際に観察を始めてみると、気温が低く天候も曇りで観察には必ずしも適していない条件にもかかわらず、矢崎の専門とするガ類の幼虫・蛹・成虫や、岩浪の得意とする植物や葉の中で育つリーフマイナーの観察をはじめ、生徒たちが極めて好奇心旺盛に生物の観察を行い、次々に自ら質問を投げかけてくる状況に、講師の側が驚かされた。また参加した生徒の年齢層が比較的低いこと、多くの生徒が自然体験そのものがほとんど初めてであると思われたこともあり、予定していたプログラムは省略して、目の前で沸騰しつつある生徒たちの野生生物に対する能動的な観察眼と興味を、できる限り広げるアシストをする、という目標に集中することにした。
生徒たちの関心は多岐に及び、朽木の中で育つカミキリムシやキマワリなどの幼虫などを次々に発見して虫眼鏡で観察する女子生徒や、カメムシの幼虫に強い関心を抱いて集中的に探す男子生徒、野草の花の色彩の豊かさを面白がって花の髪飾りを作りはじめた女子生徒たちなど、生徒たちはそれぞれの興味で自然との関わりを楽しむことができた。生徒たちには、それをただ楽しむだけでなく、種名などをしっかり覚えようとする好奇心の強さが共通しており、講師陣にとっても、非常に歯ごたえのある質問が多く飛び出す時間となった。
昼食後の水田脇の水路での生物観察を行い、ヌマエビ類やヤゴ、ゲンゴロウ類の観察を通じて、森の中とは異なる自然環境の生物に触れる時間とした。最後に講師が主体となって、こうした自然体験によって生物に興味を抱くこと、その生物について探求して知識を深めることは、講師陣が大学院で研究する生態学という学問に直接つながっていく行為であることを伝えて、まとめの時間とした。


<感想/課題など(企画力/評価力/自主性等の向上を含む)>
生徒たちからの反応が極めて良好で、自然体験の希薄な生徒たちに、身近な自然に触れることを通じて、生物と、それを探求することの面白さを感じてもらう、という目標は、十分に達成できた内容であったと感じる。事前に準備したプログラムに固執せず、生徒たちの様子を見ながらその場その場で、彼らの関心を高める方向に工夫を行う、という判断は、うまく機能したのではないかと考えている。児童養護施設の生徒たちへの観察会の実施は初めての経験だったため、さまざま手法の試行錯誤を考えて臨んだ時間だったが、生徒たちの好奇心・感受性の強さに助けられて、講師陣自身が自然を観察する面白さを再確認する時間にもなったと感じる。
一方で、自然体験の面白さを感じてもらうことと、そこに生態学をはじめとする科学の意義の紹介をリンクさせることは、必ずしも容易でないことを、改めて考える契機でもあった。もし今回の会の中で、科学的な解説プログラムをより長くとったとしたら、生徒たちの自然への関心がここまで強いまま会が終了できたかどうか、不明な部分がある。この2つの実施軸を、同じ会の中で両立できるのか、あるいは段階を踏んで徐々に後者の比重を強めるのが効果的なのか、今後の実践の中でもさらに試行を続けたいと考えている。(矢崎)

本企画に参加してくれた生徒たちはみな自然に対する好奇心が強く、またその観察力も優れていた。そのため多くの生徒が積極的に企画に参加してくれ、自然観察の楽しさや生き物の不思議さ、面白さを体験してもらうという本企画の目的は、概ね達成されたと感じる。また生徒たちが皆非常に交友的であったため、企画者と生徒が同じ立場から自然を観察出来たと感じる。これにより企画者と生徒とのコミュニケーションが円滑に進み、種の名前や形態学的な用語等専門的な内容に会話が発展し、議論が深まったと感じる。またこのようなコミュニケーションを介し、企画者の自然への関心の強さを生徒たちに伝えることが出来、その結果生態学という分野やその面白さを多くの生徒に感じ取ってもらえたのではと思う。本企画を通し培われた生物への興味を生徒たちに維持、発展してもらうことは、生徒たちの知的好奇心の増大や身近な自然の生物多様性維持に強く関係すると考えられる。そのため、今回の企画で観察された種のリストを企画後に生徒たちに提供したり、河川や海辺といった様々な環境で同様の企画を実施する等、今後も生徒たちと交流を続けることが重要であると感じる。(岩浪)
©2015 Department of Biological Sciences, Tokyo Metropolitan University
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