TMU logo
生命科学専攻
トップ
「大学院教育改革支援プログラム」:アウトリーチ

タイトル: 進化学若手の会 「聞かせて!研究の裏話〜あなたはなぜ・どうしてその研究を?」
実 施 者: 平石 拓海
実施場所: TIME SHARING 新宿5B (新宿駅より 徒歩6分)  〒160- 0021 東京都新宿区歌舞伎町1-1-15 東信同和ビル5階
実 施 日: 2022年 9月 7日
対  象: これから生物学研究を始めようと考えている学部生、院生、ポスドクなど(当日参加者34名 幹事・講演者含む)

<共同企画者(進化学若手の会 幹事)>
網野 海  (東京大)
高田 悠太 (東北大)
福冨 雄一 (東京都立大)
青山 悠  (京都府立大)
黒田 春也 (ラトガース大)
杉浦 健太 (群馬大)
野尻 太郎 (順天堂大)
佐藤 愛莉 (東京都立大)
田中 祥貴 (東北大)

<概要/目的>
●参加者視点

学会や関連するシンポジウムでは、遂行された研究成果の発表や議論が多く、研究を遂行するうえでの以下の2点についての議論はほとんどない。

@「新たに始める研究テーマの組み立て方」
 研究上の面白い問題提起に至った経緯と、提起した面白い問題も答えられなければ意味がないので、問題に答える/解決するための解決方法となる実験材料や手法を思い付くまたは会得した経緯。
A「遂行中の苦労話や苦労を乗り越えた際の工夫」
 @の新たな研究テーマは、今まで誰も使ったことのない生物(非モデル生物)や手法を使う研究テーマであることが多く、そうした非モデル種の採集・飼育、実験手法などに関わる苦労話。さらに、こうした誰も経験していないであろう苦労を乗り超えた際に、頼れる先人や先行研究が少なかったと思われる状態からどのように乗り越えたのかに関する話。

進化学を含む生物学に興味を持ち、これから研究を始めようとする学生・若手にとって上記2点を知ることは、研究(特に新たな研究)を始める前にどのような知識や考え方、スキルを身に着けておくべきかを知る大きな助けとなる。そこで本会は、自身で考えた研究アイデアで進化学について研究し、活躍されている若手研究者(ポスドクや博士課程学生)を招き、@とAについて講演・議論する会を主催する。
 また、近年のコロナ禍という状況の中で若手研究者の交流が少なくなっている。そこ
で、本会では参加者が 1 人 1 分程度で自信の興味ある生物や研究について話す機会(フ
ラッシュトーク)を設け、また参加者各位の氏名や所属、身分、対象種や研究キーワー
ドのわかるリストを配布し、交流の活性化を促す。

●企画者(平石)視点

I.新たな研究テーマ・新たな課題の発見に必要となる素養を学ぶ
 企画者である平石は、現在、新たに自分で考えた研究テーマで実際に研究しており、自身のテーマを考えた経験から、平石なりに、新たな研究テーマを組み立てるためにどのような知識や考え方、スキルが必要になるかの答えを持っている。今回の会において、ご自身で新しく考えた研究テーマについて実際に研究している3人の若手研究者を呼び、講演して頂くことで、平石が持っている答えと講演者の方々の答えの共通点と相違点を認識することを目的とする。さらに平石の答えを含めた全員の答えを複合することで、「研究の組み立て」に必要な素養についての普遍的な知識を手に入れることも目的である。
講演を聴くことで、対象者と同じく「新たに始める研究テーマの組み立て方」や、「研究のうえでの苦労と苦難の乗り越え方」といった研究に関する事がらを企画者も学ぶ。しかし、企画者(とおそらく対象者も)が学べることは 研究の分野に限った話ではなく、あらゆる企画開発や創造的仕事においても通じる、「新たな課題の見つけ方」や、「新たな課題へ挑戦する際の苦労と苦労の乗り越え方」に必要となる普遍的な姿勢や考え方も身につける。
II.発案から実行までのプロセスを経験し、「新たな課題」を解決する力を身に着ける
 本企画は企画者が所属する「進化学会若手の会」において、平石が発案したものであり、この若手の会のメンバーとともに企画を運営している。本企画によって、企画発案の経験、企画を実行する上での競争的外部資金の獲得の経験、若手の会メンバーと役割分担し個々の能力を活かしてチームワークで企画を達成する経験、メンバーや講演者または資金元や外部団体との渉外の経験、広報の経験といった、実際の経験を積み、Tで見つけ方を学んだ「新たな課題」の解決に必要になる、現実的な企画力や実行力を身につける。


<方法/企画としての特徴>
目的に書いた内容を達成するために、具体的に以下の3人の若手研究者を招いて講演をして頂いた。
・スピーカー1 矢崎 英盛 様 (東京都立大)
「蛾の翅の色彩進化: 自然は発想の宝」
・スピーカー2 大竹 裕里恵 様 (東北大)
「ミジンコの面白さが切り拓く進化生態研究」
・スピーカー3 奥出 絃太 様 (国立遺伝学研究所)
「好きだから始めた、トンボの研究」


<活動内容>

当日は以下のプログラムを組み、会を運営した。

●プログラム
 13:00~13:05 はじめに (企画者らより趣旨説明)
 13:05~13:50 スピーカー1 矢崎 英盛 様 (東京都立大)
             「蛾の翅の色彩進化: 自然は発想の宝庫」
 13:50~14:35 スピーカー2 大竹 裕里恵 様 (東北大)
             「ミジンコの面白さが切り拓く進化生態研究」
  14:35~15:20 スピーカー3 奥出 絃太 様 (国立遺伝学研究所)
                          「好きだから始めた、トンボの研究」

※各スピーカーの45分間では、初めに企画者らより軽く演者紹介, 発表30分 + 質疑10分, 入れ替え5分弱、という内訳で行った。

 15:20~15:35 休憩
 15:35~15:50 総合討論 (研究に対する思いなど、企画者らと聴衆から3人に尋ねる形式)
 15:50~16:40 フラッシュトーク (講演者を除く参加者の基本全員が参加)
 16:40~16:45 企画者らよりまとめ
  16:45~17:00 記念撮影
 17:00    撤収

また、本企画が十分な成果を上げるために必要となる、学生・若手の聴衆をできる限り集めるために、以下の方法で広報を行った。

●広報
・進化学会、動物学会、応用動物昆虫学会のメーリングリストへの周知
・各幹事が所属する大学や勉強会への周知
・進化学若手の会のTwitterアカウントとホームページでの告知
・進化学会の現地での宣伝用ポスターの掲示、口頭発表後の告知

さらに、コロナウイルス感染症が拡大している状況を考慮し、感染拡大を防止するため、以下の対策を行った。

●コロナウイルス感染症拡大防止策
・現地における参加者の検温とアルコール消毒の徹底、現場の換気の徹底
・Google formを用いた参加者からの事前の体調報告の実施

<具体的成果>
●会全体としての視点
 3人の講演者の方にそれぞれ以下の内容の講演をして頂いた。

・矢崎さん
 まず蛾の美しさについてのお話があり、次第に蛾の模様にフォーカスしていき、ご自身が研究しているシロモンドクガの性的二型模様についてお話していた。その後、実際にこの研究を発案し遂行する上での、自然での地道な観察と図鑑での知識を強調したお話が続き、思いついた研究が可能かどうかの判断についての話や、野外観察を研究に結び付けることに関するお話をして頂いた。

・大竹さん
 小さいころのミジンコとの出会いから始まり、ミジンコが持つ実験上のメリットやミジンコそのものの見ていて楽しい部分など、ご自身のミジンコへの尽きぬ愛情から話が始まった。続いて大好きなミジンコを観察する口実としての、数々の研究のお話があり、ミジンコを主軸にし、ミジンコの性質を活かした研究のお話があった(ミジンコの休眠卵という性質からミジンコの分散に関する研究、湖底に堆積したミジンコの遺骸を活かして進化動態の研究など)。好きな生き物を主眼に据えた研究テーマの立て方について、特に強調してお話を頂いた。

・奥出さん
 「なぜトンボの研究を始めたのか」という質問に対してタイトルの時点で「好きだから」と答えを頂いた。まずはご自身が虫取り少年だったという紹介から始まり、次第にトンボへの興味へ話が移ったというお話があった。実際に研究をするようになった際は、配属されたラボで得意とする研究(トンボの研究ではない)を最初にやって技術等を学び、こっそり並行で進めていたトンボへ次第にシフトしていったことのお話があった。トンボの遺伝子に関する研究をしていたものの、RNAiが狙い通りに作用しなかった際のお話や、それを乗り越えるために種々のトンボを試した話から、実際に対象生物は使ってみないとわからないという話があった。また、対象生物へ強く興味を持つことの重要性や、興味ある生物であれば、研究対象となる生物を決めてから研究テーマを決めるのも一つの手だという話もあった。

 会の終了後、アンケートを実施し、参加者の半数にあたる17名から回答を得た。その結果、講演者の方々のおかげではあるが、3名の講演者の講演に対して100%の割合でポジティブな回答(6段階中の4以上)を得た。さらにそのうち約70%(12票)から「非常に満足」と6段階中の最高評価を頂くことができた。また開催時期や開催形式、場所についても同様のアンケート結果を受けており、参加者としては満足のできる運営ができたと感じている。ただし、総合討論については「なくてもよかった」や「運営からの質問がユニークでなかった」といったネガティブな声も頂いているため、今後、同様の総合討論などを行う際には、事前に参加者からも質問を集めるなど、参加者の意見を反映した運営を心がけたい。

●企画者(平石)視点
・研究に係る考え方について学んだこと
 3人のお話を通じて、研究アイデアの発端となる、研究の興味の軸には2つのスタイルがあることを認識した。一つ目は「現象ベース」と言えるもので、進化という現象や、自然界の複雑さという現象に興味の主軸があり、「進化を研究するために○○という生物を使う」といったように、現象を始点にして問題提起し、現象を解明するために対象生物を選ぶというスタイルである。もう一つは「生物ベース」と言えるもので、とにかく一つの生物が好きで、その生物を研究していたいがために、その生物で研究できるネタ(研究アイデア)を探すというスタイルである。 
 2つのスタイルでは、研究アイデアの発端が異なるが、研究中の困難の乗り越え方も異なるように感じた。総合討論の際、「研究中の大変なことをどうやって乗り越えるのか?」という質問を講演者の方に投げかけたが、現象ベースに見えた矢崎さんは、生物をよく観察することや、メンタルの無理をしないことなどを丁寧にお話ししていた。一方で生物ベースに見えた奥出さんは、一言だけ「愛です!」と答えた。現象ベースでは現象を解明できるように、使っている非モデル生物の飼育等について試行錯誤し、(現象を解明する前の)その過程を苦労と感じているように見えるが、生物ベースでは好きな生き物を研究出来ているというだけで楽しさを感じられるため、そもそも苦労を苦労と感じていないように思えた。現象ベースでは試行錯誤やメンタルケアなどが重要となって苦労を乗り越えるのだが、生物ベースではそもそも苦労という概念がないのかもしれないと思った。
 講演とさらにその後の総合討論、対話を通じて、自分自身(平石)と講演者の矢崎さんは現象ベース、その他の講演者の2人である大竹さんと奥出さんは生物ベースであるように感じた。自分は研究アイデアの作り方も、困難の乗り越え方も現象ベースのものしか持っていなかったが、本会を通じて、新たに生物ベースというスタイルを知ることが出来た。

・新たな課題の解決に係る実務について学んだこと
 企画者が本会の開催にあたり実際に行った企画発案、企画を実行する上での競争的外部資金の獲得、会場候補地の下見、講演者や資金元または外部団体との渉外、進化学会のメーリングリストへの広報を通じて、確かに新たな課題を解決する際に必要になる現実的な企画力や実行力を獲得できたように感じた。
 具体的には、企画発案を通じてぼんやりと思い浮かんだアイデアを言語化し実際の企画内容に落とし込む力、競争的外部資金の獲得(本会では公益信託進化学振興木村資生基金より10万円の助成を獲得した)を通じて企画アイデアの面白さを伝える企画書の書き方、会場の下見から講演会の実施に必要となる講演会場を判断する知識、渉外の経験から初めて会う他者とのコミュニケーション能力、広報の経験から参加者を集めるための具体的な方法の知識、といったものを学び取った。

<感想>
 企画発案から実際の実行まで、およそ半年かけて行った本企画だが、講演内容を聴いて学んだことはもちろん、会の運営という面で非常に多くのことを学んだ。誰かが開催した講演会に参加するのではく、自分で開催する、聞く側から作る側にまわるという経験は、当日の会場に行くだけの側からすると苦労は何倍にもなるが、学べることも遥か多いように感じた。


講演の様子
©2015 Department of Biological Sciences, Tokyo Metropolitan University
TOKYO METROPOLITAN UNIVERSITY