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生命科学専攻
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「大学院教育改革支援プログラム」:アウトリーチ

タイトル: 埼玉県所沢市の「トトロの森」における昆虫観察会
実 施 者: 矢崎英盛(動物生態学研究室M1)
実施場所: 公益財団法人「トトロのふるさと基金」(埼玉県所沢市)
実 施 日: 2018年 11月 5日
対  象: A. 三鷹の森ジブリ美術館職員(約100名)のうちの1班 B. 一般参加の親子、横浜の養護施設の子どもたちと教員、および川越市中央公民館から参加の親子、計40名程度

<概要/目的>
公益財団法人「トトロのふるさと基金」は、埼玉県所沢市の狭山丘陵において「トトロの森」と名付けられた里山環境の保全管理を行うトラスト団体である。筆者は2016年より、同基金の主催する散策会・自然観察会、および生態調査にボランティアスタッフとして関わってきた。今年度は筆者が昆虫の研究に携わっていることを踏まえて、「トトロの森」の昆虫についての案内企画への協力を、夏季に引き続き依頼された。本報告書では、A. 11/5(月)に行われた「三鷹の森ジブリ美術館職員研修」、および、B. 12/1(土)に行われた「昆虫博士と冬のトトロの森探検」について報告する。


<方法/企画としての特徴>
自然観察会の運営にあたってしばしばボトルネックになるのは、「自然観察」という企画名を提示した時点で、それなりに自然に関心のある参加者が集まりがちであり、本来アプローチしたい自然に関心の薄い層への接触が難しいことである。「トトロの森」は、その名称やブランドイメージから、普段自然に触れる機会のない客層と接することが可能であり、また昆虫は特に親子連れに対しての訴求力が高いことから、そこを出発点に長期的な視点で自然に親しみを深めてもらうための原体験を提供するために効果的なアプローチとなりうる。
特に今回のAの会では、三鷹の森ジブリ美術館という多くの来場者が訪れる美術館の職員を対象にすることで、彼らを通じた二次的・三次的な自然への関心の喚起につなげることが目標となる。必ずしも自然環境に対する知識があったり、それについて専門的に学んで来た人々とは限らない会の参加者に対して、どのように科学的な根拠に基づいて自然の魅力の伝えることの意義を伝えられるか、科学コミュニケーションの実践という意味で、筆者にとっても新しい試みとなった。
また筆者は現在蛾類を中心に研究を行なっているが、中でも冬季だけに成虫が現れ、メスの翅の退化したフユシャク類と呼ばれる蛾は、そのメインの対象の一つである。Bの会では、専門分野についてこれまでの筆者の研究内容と関係させながら一般参加者に解説すること、そして昆虫の数の少なくなった冬の森における昆虫観察会を開催することの2つの意味で、筆者にとって初めての試みを行なった。


<活動内容/具体的成果>
A. 三鷹の森ジブリ美術館職員研修(11/5)
映画を製作する”スタジオジブリ”、吉祥寺の”三鷹の森ジブリ美術館”、そしてトトロの名称を冠して狭山丘陵のトラスト活動・里山の管理を行う”トトロのふるさと基金”は、それぞれに関わりを持つ別々の組織である。今回の企画は、美術館の職員を、職員研修というかたちでトトロのふるさと基金の管理する「トトロの森」の中へ案内し、実際に自然に触れることでその理解を深めてもらうことが目的である。全体運営はトトロのふるさと基金の花澤氏がとりまとめ、総勢100人程度の職員を10班にわけ、筆者はそのうちの1班の案内を担当した。
三鷹の森ジブリ美術館のある井の頭公園は自然観察の好適地であり、参加者である美術館職員には、実は日常的に自然と接する機会があるはずである。彼らの日常生活の中に自然への関心を落とし込むきっかけを、この会の中で作るためには、狭山丘陵ならではの希少種の案内よりも、ありふれた普通種の観察から、職員自身の自然への関心をどのように引き出すか、が重要であると筆者は考えた。その意味で最も効果があったのは、クモ類の観察であった。ジョロウグモの巣に音叉を当て、獲物と誤認してクモが寄ってくる様子を観察したり、特異な形状で知られるオナガグモについて、なぜこのような姿をしているのか、その生態を想像することから考えてもらったり、実物に触れながら参加者の持つ「クモ」という既存のイメージを相対化していくと、次第に参加者の側からギンメッキゴミグモや各種のハエトリグモなどを発見する声があがり、またジブリ映画とも関連のあるザトウムシ類の発見へとつながっていく。こうした体験の中で能動的に関心を深めてもらった上で、私の側から、昆虫/クモ/ザトウムシは何が異なるのか、節足動物とはどんな定義の生物なのか、といった概念を提示すると、非常にスムーズに議論が活発化したのは効果的であったと感じる。また、たとえその場の解説で、複雑な概念の内容を全て伝えきれなかったとしても、参加者の能動的な関心を喚起することさえできれば、その後の日常の中でその関心を深めてもらうことにもつながりうる。後日参加者の方から、クモを見つけるとこの日のことを思い出すようになった、というメールをいただいたことは、この点での効果を示したものと言えるだろう。



B. 昆虫博士と冬のトトロの森探検(12/1)
前半は約40名の参加者への全体説明、後半は3班に分けてそれぞれのリーダーによる森の解説を行った。全体運営はトトロのふるさと基金の児嶋氏がとりまとめ、筆者は全体説明におけるセーフティートーク、およびフユシャクの解説、そして後半は班のリーダーを担当した。
この日の時期設定は、12月に虫探しなんてできるんだろうか、という参加者の予想を覆すギャップに驚いてもらうことを、その目論見とした。予想通り、森の中は何百頭というクロスジフユエダシャクが乱舞しており、幸運にもメスもその場で発見できたことに加えて、筆者が用意していったサンプルの雌雄もあわせて参加者に提示した。一通り生態の解説を行ったところ、参加者の小学生の女の子から「そんなに面白いなら自分で研究したらいいじゃーん」という言葉が漏れたことで、「そうなんです、実は大学院でフユシャクを研究していまして…」と、研究の具体的内容をスムーズに紹介できたことは予期せぬ幸運であった。
またその後は、トトロの森のボランティアガイドの方々と共に、冬の森に隠れたさまざまな動植物の面白さを探し出す魅力を紹介した。特に、簡易吸虫管を個々で作って、土壌生物を吸いとって虫眼鏡でのぞくアクティビティ、は小さい子供たちでも、冬の森の面白さを楽しめる工夫として効果が高い上に、親子の共同作業の中で自然についての会話が自然に発生するという意味で、日常の中に自然への関心を落とし込むという意味でも有益な方法であったと感じた。前述の小学生の女の子は、会の開始当時はほとんど昆虫へ興味を示さなかったが、この土壌生物採集には熱中しており、またそのアイデアの豊かさと観察眼の鋭さには驚かされるほどであった。自然観察会の目標としていた、自然に興味がない人に対してのアプローチという意味で、手応えのある例となったと感じる。


<感想/課題など(企画力/評価力/自主性等の向上を含む)>
A・Bの両企画とも、当初の目的であった自然への関心を喚起すること、そしてそこに対して科学コミュニケーションの視点を加えた会を開催すること、という理念は、ある程度達成できたのではないかと感じている。特にB会に参加した親子連れから、子供が虫好きなので自然観察会には各所で参加しているが、研究をする立場からの科学的な視点に触れられる機会は希少で、とてもよかった、という感想をいただいたことは、大変うれしいことだった。次回以降は、研究室の別のメンバーなどとの共同企画などを通じて、自然と科学コミュニケーションの手法について、さらにブラッシュアップしていきたい。


©2015 Department of Biological Sciences, Tokyo Metropolitan University
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