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生命科学専攻
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「大学院教育改革支援プログラム」:アウトリーチ

タイトル: 埼玉県所沢市の「トトロの森」における昆虫観察会
実 施 者: 矢崎英盛(動物生態学研究室M2)
実施場所: 公益財団法人「トトロのふるさと基金」(埼玉県所沢市)
実 施 日: 2019年 11月 2日
対  象: 一般参加の親子、および大学生、計40名程度

<概要/目的>
公益財団法人「トトロのふるさと基金」は、埼玉県所沢市の狭山丘陵において「トトロの森」と名付けられた里山環境の保全管理を行うトラスト団体である。
https://www.totoro.or.jp
筆者は2016年より、同基金の主催する散策会・自然観察会、および生態調査にボランティアスタッフとして関わってきた。本報告では、昨年度に引き続き開催された、11/2(土)の自然観察会「こんちゅうはかせとトトロの森たんけん」について報告する。


<方法/企画としての特徴>
自然観察会の運営にあたってしばしばボトルネックになるのは、「自然観察」という企画名を提示した時点で、それなりに生物に関心のある参加者が集まりがちであり、本来アプローチしたい自然に馴染みの薄い層への接触が難しいことである。宮崎駿氏を呼びかけ人の一人として設立された「トトロの森」は、その名称やブランドイメージから普段自然に触れる機会の少ない客層と接することが可能になること、そして基金のスタッフ・ボランティアによって丁寧に管理された安全性の高い里山環境がある点で、アウトリーチ活動に非常に適した場である。
また昆虫を対象とすることは、特に親子連れに対しての訴求力が高いことから、社会に対して長期的な視点で自然との接点の原体験を提供する効果的なアプローチとなりうる。今回の会では、トトロの森の中を歩きながら、昆虫をはじめとする生物に実際に触れる体験を通じて、講師から一方的に知識を与えるのではなく、参加者に能動的に生物との関わり方を探ってもらい、最終的には参加者の日常生活の中に、自然との親しみと、自然を探求する科学への関心を落とし込むことを目標とした。
前週の10/26(土)には、今回の下見を兼ねて、主に都内在住の親子向けにトトロの森を案内する企画を別に行ったが、その際に例年よりも昆虫の数が少なく、また台風の影響で遊歩道が水没している場所などが散見された。そこで今回はプログラムとルートを一部変更して安全に歩ける場所を巡りながら、筆者の学ぶ生態学における最も重要な概念である「進化」を、自然観察会の実践とどう結びつけるか、という点を重視する試みとした。

<活動内容/具体的成果>
40名前後の参加者を講師・スタッフ計4人で2班に分担して、実際にトトロの森を歩きながら、昆虫の紹介を行った。筆者は、特に小学生の子供とその両親を中心に担当し、全体運営はトトロのふるさと基金の児嶋氏がとりまとめた。
筆者が今回の会の軸としたのは、「進化」という概念を通して自然を探ることの意義を、どのように参加者にわかりやすく伝えるか、という点である。参加者との対話の中で、ポケモンの”進化”のように、個体が成長して変化することが進化と捉えられている場合が多いと感じたため、まず森に入る前に、人間の手足からどのように進化を読みとるか、という簡単なワークショップから会を始めた。手の拇指対向性が霊長類の特徴であること、またそれが樹上生活における適応的意義を持つと推測されること、人間の足ではそれが失われていること、などを、筆者からは「なぜ?どうして?」という質問を投げかけ続けて直接は答えを言わず、参加者に時間をかけて想像してもらうことで、進化の概念を簡潔に紹介する時間とした。
その上で実際にトトロの森の案内を開始したが、この方法は森で出会った昆虫の形態や行動を解説する上で、予想以上にスムーズで効果的であったと感じる。例えば「日本のカタツムリの殻はなぜ右巻きが多いのか」「ウラナミシジミはなぜ越冬できないのに毎年北上してくるのか」といった生態学の教科書でもおなじみのテーマは、対象の生物を実際に目の前にする効果もあいまって、参加者からの非常に活発な議論と現象の興味深さへの好意的反応を得た。それを踏まえて、頻度依存選択、そして群選択の否定といった生態学上のトピックの紹介にまで至ることができたことは、最初に「進化」という考察のベースとなる概念を共有する作業の効果であったと考える。
また、ごくありふれた普通種であっても、その形態や行動について観察に基づいて進化的意義を想像してみる、という作業は、参加者の多様な好奇心と学習意欲を喚起する可能性があり、さらにそれは会の終了後に参加者それぞれの家の近くにおいても、その観察が継続できる可能性を孕んでいる。この「敢えて普通種に注目する」という視点は、筆者がこれまで続けてきたネイチャーガイドの活動の中でしばしば重視されるものであり、今回はそれが生態学の紹介とも有効に結びつきうることが確認できた機会でもあった。
今回は森で出会う昆虫の数が少なかったが、観察した結果をもとに考察を行いながら科学の概念に親しむ、という「科学コミュニケーション」の意味では、逆に一つ一つの対象に十分な時間をかけて紹介することができた点で、充実した手応えを得ることができたと、筆者は感じている。


<感想/課題など(企画力/評価力/自主性等の向上を含む)>
昆虫の姿が少ない中でも、科学コミュニケーションとして手応えのある成果を挙げられたことは、アウトリーチスキルの向上として、得るものの多い機会だった。特に自分の研究対象である生態学の内容を、これまで続けてきたネイチャーガイドのスキルと結びつけることができた点は、意義が大きかったと感じる。来年度以降さらに充実した科学コミュニケーションの成果を得るためにも、自分の大学院での研究活動の充実に注力したい。
©2015 Department of Biological Sciences, Tokyo Metropolitan University
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