動物の体は、様々な細胞により構成されています。これらの細胞は、たった一つの受精卵から作られます。この過程の初期におこる大事なイベントが外胚葉、中胚葉、内胚葉という三種類の細胞を作ることです。それぞれの細胞から、神経、筋肉や消化管といった組織や器官が作られます。中胚葉と内胚葉がどのような機構により作られるのか、多くの研究者が解明しようとしてきました。近年の解析から、多くの動物で中胚葉と内胚葉が中内胚葉細胞という細胞から作られることがわかりました。しかし、中内胚葉細胞という1種類の細胞から、中胚葉と内胚葉という2種類の細胞が作られるメカニズムはわかっていませんでした。
私たちは、マボヤという海の動物を使ってこの問題を解いてきました。マボヤは海の底の岩などにくっついて生活する動物で、写真の左下の突起部(入水口)から海水を吸い込んで、プランクトンや養分を濾しとって、左上の突起部(出水口)から残りの海水を吐き出して生活しています。形からは想像できませんが、ヒトやニワトリ、魚と同じ仲間の脊索動物です。この見慣れない動物は、中胚葉と内胚葉を作る機構を解析するのにぴったりの性質をいくつも持っています。
私たちの研究の結果、中内胚葉細胞の核が将来中胚葉細胞生じる側に移動して、移動した先でNot転写因子をコードするmRNAを放出することで、Not mRNAが中内胚葉細胞の片側に存在するようになることがわかりました。このmRNAは、その後の細胞分裂により中胚葉細胞に受け継がれ、翻訳により作られたタンパク質が中胚葉になるのに必要で、内胚葉にならないようにしていることがわかりました。また、核が移動する向きを決めているのは、将来中胚葉になる側に多く存在している、PI3Kというタンパク質だということもわかってきました。現在、PI3KとNotを中心に、中胚葉と内胚葉の運命が分かれる機構を、受精から順を追って明らかにしようとしています。